Sorry Japanese Only
シトロエン 2CV フルゴネット (バン) フランス 1954年
シトロエン 2CVの商用車であるフルゴネットが1951年に登場しました。後部には折畳み式で取り外し可能な後部座席が装備されていて、仕事用だけではなく家族のレジャー用としても使用できました。フランス語で小型トラックはカミオネット(CAMIONETTE)と総称され、その中で屋根の付いたものをフルゴネットと呼びます。フルゴネットは小型乗用車ベースで後部にボックス型の荷室を接続した商用車で、荷室が独立していないバンやパネルバンとは厳密には別物です。荷室は室内で運転席とつながっているので、ピックアップトラックに箱型の荷室を積んだ物とも異なります。(ただ日本では一般的に全てバンと呼びますが) なおフランス語で大型トラックの総称はカミオン(CAMION)で、屋根のついた物はフルゴンとなります。
シトロエン 2CV フルゴネットの最初のタイプは2気筒375㏄(9HP)エンジンを搭載したAT型で、1954年に425㏄(12HP)エンジンでパワーアップしたAZU型(最大積載量250㎏)が追加されました。AZU型は1973年にボディを一新し4気筒435㏄(18HP)エンジンを追加、1975年に角形ヘッドライトが採用されるなどして1977年まで生産されました。1963年にはライバルのルノー 4 フルゴネットに対抗して、AZU型の荷室を後方に200㎜延長し2気筒602cc(22HP)エンジンを搭載したAK 350型(最大積載量350㎏)が登場しました。AK 350型は1970年にエンジンを35HPにパワーアップしたAKS 400型(最大積載量400㎏)に切り替わり、1977年まで生産されました。
ミニカーは1960年代に発売されたノレブ製で、材質はプラスチックです。フロントグリルの形状からAZU型の初期をモデル化していると思われます。ボディ全体を一体成型した簡単な作りですが、プロポーションは良くできていると思います。リアパネルが開閉するギミックが付いています。ノレブ初期のプラスチック製ミニカーに良く発生する経年劣化によるボディ変形が見られないので、このミニカーは材質などが改良された後期型のようです。2CV フルゴネットのミニカーは様々なカラーリングでたくさんモデル化されています。特にブレキナ(1/87)は約90種類もモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像とリアパネル開閉動作の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=1836
パナール ディナ Z フランス 1954年
1954年にパナール ディナ Xの後継車としてディナ Zが登場しました。総アルミ製のボディは全長4.57m(6人乗り)と大きくなり、デザインも空力的で近代的なものに変わりました。エンジンは850cc(42HP)に拡大され、わずか650kgの軽量ボディは最高速130km/hが可能で、しかも極めて低燃費でした。このサイズと性能は当時のルノーの2Lクラスのフレガト並みと優れていましたが、お値段もフレガト並みとやはり製造コストが高いことがネックでした。
独創的で高性能ながら価格が高いことでディナ Zはあまり売れずパナールは経営不振となり、1955年にシトロエンの傘下となりました。シトロエンの強力な販売網で扱われることになったことでパナールの販売は上向きました。耐久性向上とコスト低減の為、1955年から最大の特徴であった総アルミ製ボディが徐々にスチール製に切り替わっていきました。1957年にはスポーツカーのディナ ジュニア(ジュニオル)の後継車として2ドアのカブリオレが追加されました。1959年に全面的にスチール製ボディに変更されたPL17に名前が変わりました。総生産台数は約14万台でした。
ミニカーは2006年に発売されたイクソ製です。1/43としては少し大きめに出来ていましたが、実車の雰囲気がうまく再現され良い出来ばえでした。バンパーをメッキ処理でなく塗装処理することで、レトロな感じに仕上げてありました。なおフロントグリル中央にある一つ目小僧のようなライトはフォグライトでした。同じ物がイクソの別ブランドのノスタルジーでも発売されましたが、そちらはバンパーをメッキ処理していて細部の仕上げが違っていました。これ以外のディナ ZのミニカーはCIJの当時物、ノレブ初期のプラスチック製、ビテスなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=610
シムカ 9 アロンド フランス 1954年
イタリア生まれのフランス人 アンリ テオドル ピゴッツィ(Henri Theodore Pigozzi)がフランスでフィアット車を製造する為に1934年に設立したのがシムカ社でした。最初のシムカとしてフィアット 500のライセンス生産であるシムカ 5が1936年に登場し、1938年にはフィアット 508Cのライセンス生産であるシムカ 8が登場しました。1939年の第2次世界大戦勃発でシムカ車は生産中止となりましたが、1946年から戦前と同じモデルの生産を再開しました。1948年にシムカ 5はイタリアでフィアット 500が500Cに変わったことに合わせてシムカ 6となり、1949年にはエンジンを1.2Lに拡大したシムカ 8 1200となりました。
1951年にはフィアット 1100がベースながらシムカが設計した新型のシムカ 9 アロンドが登場しました。シムカ 8の4気筒1.2L(42HP)エンジンを搭載し、フラッシュ サーフェースを採用したモノコックボディは斬新でした。当初は4ドアセダンだけで、1951年にスポーツカーの2ドアカブリオレ(オセアーヌ)、1953年に2ドアクーペ(グラン ラルジュ)と2ドア商用バン(シャトレーヌ 後にランチ)が追加されました。1956年にエンジンが1.3L(48HP)にパワーアップし フロント/リアエンドの意匠を変更して全長が少し拡大したシムカ 90A アロンドに変更されました。
1958年にはボディが大きなフロントグリルを特徴とするデザインに一新され、エンジンが57HPまでパワーアップしたシムカ アロンド P60に変更されました。アロンド P60にはシムカ 8の1.1Lエンジンを搭載する廉価版もありました。アロンドは際立った特徴がなく万人向けの車だったことや1Lクラスのライバル車が少なかったので、ファミリーカーとして大ヒットしました。1964年まで生産され総生産台数は約45万台で、後継車はシムカ 1100でした。(実車画像→ シムカ アロンド P60 1958)
ミニカーは2003年に発売されたノスタルジー製です。シムカ 9 アロンドをモデル化しています。ノスタルジーはイクソ系のブランドで、その名前が示すように主に1930-1970年代の昔懐かしいフランス車をモデル化していました。このアロンドも少しユーモラスな感じがするフロント周りの顔つきがうまく再現されていました。フロントグリル/ホイールキャップのロゴや室内などの細部もリアルで良く出来ていました。ノスタルジーはワゴン仕様もモデル化していました。これ以外のアロンドのミニカーはディンキー(仏)の当時物のP60、ノレブ初期のプラスチック製当時物のシムカ 9/P60と最近の物、イクソのシムカ 9/P60などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=629
アルファ ロメオ ジュリエッタ スプリント イタリア 1954年
1950年に登場したアルファ ロメオ 1900が成功し、より小型でスポーティな1.3Lのジュリエッタが1954年に登場しました。このジュリエッタという名前はシェークスピアの悲劇「ロミオとジュリエット」にちなんだもので、「アルファ ロメオとジュリエッタ」という洒落でした。ジュリエッタはまずクーペ ボディのスプリントが登場しました。ボディのデザインはベルトーネによるもので、スポーティでセンスの良いものでした。 シャーシやサスペンションは1900を小さくしたもので、新設計の軽合金製DOHC 4気筒1.3L(78HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速172km/hと極めて高性能でした。このエンジンは当時としてはレーシングカー並みの驚異的なスペックで、さらに価格は上級車1900 スプリントの約半値ということで、ジュリエッタは圧倒的な人気となりました。
ジュリエッタ シリーズにはベルリーナ(セダン)、スプリント(クーペ)、スプリント SS(クーペの高性能版)、スプリント ザガート(SZ)(レース仕様車)、スパイダーなどのボディ形式がありました。1959年にエンジンの改良や外観の変更が行われシリーズ 2となり、1961年にも外観変更が行われました。1962年に後継車のジュリアが登場したことで、スプリントはジュリアの1.6Lエンジンを搭載し名前がジュリア スプリントに変更され、1963年にはジュリア スプリント GTにモデルチェンジしました。
ミニカーはイタリアのバン製で、1997年頃に発売されました。プロポーションが良く実車の雰囲気がうまく再現されていました。フロントグリルのアルファ ロメオのロゴや室内のインパネなど細かいところも良く仕上げてありました。バンなどのイタリア国内のミニカーメーカーはイタリア車をかっこよくモデル化するのが得意で、生真面目な作りのドイツのミニカーメーカー(ミニチャンプスなど)にはない一味違った魅力があります。 バンはシリーズ 2やレース仕様などジュリエッタ スプリントを30種類以上もモデル化しています。バン以外ではソリド、ミニチャンプス、ディテールカーなどがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=689
フェラーリ 375 プラス イタリア 1954年
1950年代のフェラーリのV型12気筒エンジンには、前述した125Sに使われたジョアッキーノ コロンボが設計した小排気量タイプと、アウレリオ ランプレディが設計した大排気量タイプがありました。125 F1に搭載されたスーパーチャージャー付V型12気筒エンジンは燃費が悪かったので、後継車用として燃費の良い自然吸気エンジンで大排気量タイプのV型12気筒エンジンが開発されました。最初に排気量3.3Lの275が開発され、その後4.1Lの340、4.5Lの375が開発されました。(数字は1気筒当たりの排気量を示しています) それぞれのエンジンは275 F1、340 F1、375 F1に搭載されました。
これらのV型12気筒エンジンはF1マシンだけではなく、レース用スポーツカーや市販GTカーにも搭載されました。4.1Lの340は340 MMや340 メキシコ、4.5Lの375(340HP)は375 MMや375 アメリカなどがありました。1953年に登場した375 MMはMMという名前が示すようにミッレ ミリア レースを目的としていました。ただ実際にはミッレ ミリアでは良い成績を残していなくて、カレラパナメリカーナなどで活躍していました。1954年には排気量を5L(345HP)に拡大し、サスペンションを改良した375 プラスが登場しました。375 プラスは1954年のルマンとカレラパナメリカーナで優勝するなど活躍しました。
ミニカーは1994年に発売されたトップモデル製です。トップモデル(TOP MODEL)はイタリアのメーカーで、主にイタリアのレースカーをレジン製でモデル化していました。(2011年以降は新製品を出していないようですが) 375 プラスのピニンファリーナ製のスパイダーで、ルマンで優勝した車とほとんど同じ車をモデル化しています。これはダイキャスト製で実車のフロント周りのダイナミックな造形がうまく再現されていて、良く出来ていました。またワイヤスポークホイールやボンネットの固定金具などの細部もリアルに再現されていました。これ以外の340/375 スポーツカーのミニカーはアートモデル、イクソの375 アメリカ、ジョリー モデル(JOLLY MODEL)の340などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
このページではなくこの記事へのリンクURLは以下となります
http://minicarmuseum.com/historic/his_link.php?id=724
当サイト掲載記事の無断転載を禁じます。
Copyright(C) 2004-2025 MINIATURECAR MUSEUM All rights reserved.