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マツダ キャロル 日本 1962年
前述したR360 クーペでスバル 360の牙城を崩すことが出来なかったマツダは、新たに開発した軽自動車キャロルを1962年に登場させました。キャロルの特徴は軽自動車ながら、ボンネット、キャビン、トランクの分離した3ボックス スタイルと豪華な内外装でした。(リアエンジンですので荷物スペースはフロントですが) これを可能にしたのはクリフカットというリアウインドーを垂直に立てたキャビンで、これはイギリスのフォード アングリアで有名になったスタイルですが、国産車では珍しいものでした。
水冷4気筒360cc(18HP)OHVアルミ合金製という高度なエンジンをリアに搭載するRR駆動方式で、4段変速で最高速94km/hの性能でした。当初は2ドアだけでしたが、1963年には軽初の4ドアも追加されました。4ドアの3ボックススタイルが売りでしたが、このサイズでの4人乗車は寸法的に厳しく、また構造的に車重が重くなることから動力性能面でも不利でした。(当時はこのスペースになんとか4人乗ったようです)
当初はスバル 360を脅かしたようでしたが、動力性能の低さが販売上のネックとなりました。その後軽自動車市場にはダイハツのフェロー(1966年)やホンダのN360(1967年)といった高性能な新型車が登場し、キャロルは見劣りするようになりました。当時のマツダは小型車とロータリーエンジン開発に注力していた為、キャロルのモデルチェンジは行われず、1966年のマイナーチェンジを経て1970年に生産中止となりました。総生産台数は約26万台でした。初期の軽自動車として、非常にユニークな存在でした。
ミニカーはエブロ製で2003年に発売されました。前期型4ドアをモデル化しています。プロポーションが良く実車のフロント/リアの雰囲気がうまく再現されていてとても良い出来ばえです。室内も彩色されたシートやインパネなどがリアルに再現されています。キャロルはいまひとつ人気が無かったのか? 当時物のミニカーはありませんでした。当時物以外では京商のポリストーン製の後期型4ドア(1/43)、トミカ リミテッドの前期型4ドア、コナミの前期型2ドア(1/64)、国産名車コレクションの1/43と1/24などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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三菱 ミニカ 日本 1962年
1961年に三菱初の軽自動車として商用バン/ピックアップの三菱 360が登場しました。(実車画像→三菱 360) 軽3輪車レオの経験を生かして開発された360は、通常のフロントエンジン搭載のFR方式を採用し、サスペンションもリーフスプリング方式の保守的なもので、ボディもごくオーソドックスなデザインでした。空冷2サイクル2気筒359cc(17HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速80km/hの性能でした。保守的な設計が良かったのか、360は商業的に成功し1972年まで生産されました。
三菱 360をベースにして軽乗用車ミニカが1962年に登場しました。車体後部をノッチバックにして、4人乗りに仕立ていました。エンジンなど性能は商用車の360とほぼ同じでした。当時の軽は後輪駆動のRR車が一般的であったのでFR方式は異色な存在で、当時の軽ではトランクが一番広かったそうです。ただ同時代のライバルであったスバル 360やマツダ R360クーペに比べると、乗用車としてはデザインが保守的で地味でした。1969年にミニカ 2代目のミニカ 70にモデルチェンジしました。(実車画像→三菱 ミニカ 70 1969)
ミニカーは2006年に発売されたアシェット 国産名車コレクション製で、メーカーはノレブです。プロポーションが良く実車がうまく再現されています。灯火類や室内などの細部もそこそこリアルでかなり良い出来ばえになっています。ノレブからはカタログモデルとしても型番800187で発売されています。三菱 ミニカは国産初期の自動車として貴重なモデルですが、国産名車コレクションでなければモデル化しなかったでしょう。(トミカ リミッテドなどは、このようなマイナーな車?は多分モデル化しないでしょう) これ以外の三菱 ミニカのミニカーはありませんでしたが、2017年に国産名車コレクション 1/24でもモデル化されました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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イスズ ベレル 日本 1962年
前述したヒルマン ミンクスのノックダウン生産でノウハウを蓄積したイスズは、初の自社開発乗用車としてベレルを1962年に発売しました。当時の主たる需要であったタクシー用の中型セダンで、トヨタ クラウン/日産 セドリックがライバルでした。ヒルマン ミンクスを踏襲した前輪独立/後輪固定サスペンションを持つオーソドックスな構造でした。ボディは欧州風のシンプルなデザインで、三角形のテールライトが特徴でした。4気筒2Lディーゼル、4気筒1.5/2L(85HP)エンジンを搭載し、3段変速、最高速度136km/h(2L)の性能でした。
発売初期の製造不良やライバル車(トヨタ クラウン/日産 セドリック)より古臭くみえるデザインのため、ベレルの販売は芳しくありませんでした。1965年には、縦型2灯式のヘッドライトを採用するなどしてデザインを一新しましたが、装備や性能で見劣りするベレルに勝ち目はなく、1967年に一代限りで生産中止となりました。(実車画像→イスズ べレル 1967)
ミニカーは2008年に発売されたアシェット 国産名車コレクション製でメーカーはノレブです。プロポーションが良く、実車に即したカラーリングで実車の雰囲気がうまく再現されています。フロントグリルやボンネット上のマスコットなど細部の仕上げも丁寧です。初期の国産名車コレクションのノレブ製ミニカーはこのベレルのように今までモデル化されていなかった車種が選択され、従来の雑誌付きミニカーよりレベルの高い出来ばえの物が多くありました。ベレルの当時物ミニカーはモデルペットと大盛屋のミクロペットがありましたが、これらはめったにお目にかかれないレア物です。1980年代にカドー玩具がそのミクロペットのべレルの復刻版ミニカーを発売していました。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ダイハツ 3輪トラック CM型 日本 1962年
エンジンの国産化を目指して、大阪の技術者が中心となって1907年に設立された「発動機製造株式会社」が ダイハツ工業の前身でした。同じような車名の会社があったので区別する為「大阪の発動機」と呼ばれ、それが略されて「大発(ダイハツ)」となったそうです。1930年に空冷単気筒エンジンを搭載した3輪トラック HA型を開発し、自動車市場に参入しました。その後3輪トラックのメーカーとして発展し、1957年に発売した軽規格の3輪トラック ミゼットは大ヒットしました。1951年には現在の「ダイハツ工業株式会社」に社名変更しました。1963年には初の4輪車コンパーノを発売し、1967年にトヨタと業務提携しました。(実車画像→ ダイハツ 3輪トラック HA型)
1962年に3輪トラック CM型が発売されました。3輪トラックは4輪トラックに押されて1960年代には需要が低迷していましたので、このCM型はダイハツの3輪トラックとしては最終型に近いモデルでした。(最終型は1963年発売のCO型) 水冷4気筒1.5L(68HP)エンジンを搭載した最大積載量1.5tのトラックで、3人掛けシートで乗車定員は3名、最高速度は100km/hでした。当時の価格は約50万円だったそうです。私が小学生の頃はまだこの類の3輪トラックがたくさん走っていたのを憶えています。この車は丸いハンドルが付いていますが、古いタイプは2輪車と同じバーハンドルが付いていたものでした。
ミニカーは2008年に発売されたエブロ製です。3輪トラック CM型をモデル化しています。ほとんどがプラスチック製パーツで出来ているので、ミニカーというよりも完成品のプラモデルといったところです。プロポーションが良く、実車に即した塗装が当時の雰囲気を良く再現していると思います。前後輪のサスペンションや床下のシャーシ部分などもリアルに再現されています。(プラスチック製パーツが壊れやすいので台座から外すだけでも注意が必要です) 同じような3輪トラックのミニカーは2003年にサピ(SAPI)がマツダ T1500を発売し、その後トミカ、トミカ リミッテド、エブロなどからたくさん発売されました。ダイハツの3輪トラックとしては最終型のCO型をトミカ リミッテドとトミーテックのザ カーコレクション(1/150)でモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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ダイハツ ミゼット MP5型 日本 1962年
1950年代前半には3輪トラック(オート3輪)の生産がピークとなり、ダイハツ、マツダ、くろがねなどの3輪トラックメーカーがありました。しかし1954?にトヨタが4?トラック トヨエースを発売したことで、3輪トラックは徐々に4輪トラックに切り替わっていきました。そこで3輪トラックメーカーは4輪トラックの開発を進めたのですが、ダイハツは自転車や2輪車を使っていた一般商店などの需要を満たす為に安価な軽自動車規格の3輪トラックの開発を始めました。
1957年にダイハツは軽自動車規格のミゼット DKA型を発売し、この車はすぐにベストセラーになりました。(実車画像→ミゼット DKA型) DKA型は2輪車のようなバーハンドル仕様の単座の3輪トラックで、ウィンドーシールドはありましたが屋根は幌でドアも付いていませんでした。2ストローク空冷単気筒249㏄(8HP)エンジンを搭載し、最高速は60㎞/hの性能でした。1959年にドアを付けたキャビンを持ちエンジンを10HPにパワーアップしたDSA型、2座仕様のDSAP型、ライトバン(箱型荷台)のDSV型が登場しました。DK/DS型は1962年まで生産されました。
1959年に丸ハンドル仕様で2座のミゼット MP2型が登場しました。MP2型は2灯式ヘッドライトのフロントノーズと一体化されたキャビンでスマートなデザインとなりました。MP2型は発売後すぐに新型の2ストローク空冷単気筒305㏄(12HP)を搭載したMP3型に変更されました。1960年には荷台を大きくして最大積載量を300kgから350kgに拡大し、ドア窓を昇降可能としたMP4型に変更されました。1962年末にはフロントノーズ形状やキャビン、荷台などが大幅に変更されたMP5型に変更されました。MP5型は1972年に生産中止となり、後継車は4輪トラックのハイゼットでした。なお1996年に登場したミゼット IIでミゼットの名前が復活しました。
ミニカーは2011年に発売されたアシェット 国産名車コレクション製で、メーカーはノレブです。年式が1962年となっていますので、最終型のMP5型をモデル化しています。(MP4型とMP5型はドアハンドル位置やヘッドライト下のベンチレータ形状など外観で明確に区別できます) 実車が小さいのでサイズの小さいミニカーですが、ミラーやモール、室内などの細部もそこそこ作りこんであって良く出来ています。なお国産名車コレクションはNo.88でもミゼット MP5型があるのですが、そちらは1963年式となっています。年式を区別して作っているので、どこかが違っているのだと考えましたが、並べてみると色と底板の年式表記以外の違いはありませんでした。(ミラーの取り付け位置が微妙に違いますが) 何故このように同じものを作ったのか理由が知りたいですが、何らかの大人の事情?があったのでしょう。これ以外のミゼットのミニカーはエブロのDK型とMP4型、トミカのMP5型、トミカ リミッテドのDK型とMP4型、国産名車コレクション 1/24のMP5型、懐かしの商用車コレクションのMP5型などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
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