ミニチュアカー ミュージアム

自動車の歴史 時代/自動車メーカー別

 

 

MITSUBISHI TYPE A 1917 JAPAN

MITSUBISHI TYPE A 画像をクリック/タップすると画像が変わります
DIAPET G043 1/45 85㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.83m 全幅約1.62m
エンジン 変速機: 4気筒 2765㏄ 35HP 4段変速
性能: 最高速25-32km/h
データーベースで初期の国産車のミニカー検索

 

三菱 A型 日本 1917

 

 ドイツでダイムラーが世界初のガソリンエンジン自動車を製作したのは1886年(明治19年)のことでした。1898年にフランスのガソリンエンジン自動車 パナール ルバッソールが初めて輸入され、その後ガソリンエンジン自動車を輸入して販売する会社が設立されました。1907年(明治40年)にはそのような会社の技術者であった内山駒之助氏が国産ガソリンエンジン自動車の第1号「タクリー号」(2気筒1.8Lエンジン搭載) を完成させました。この車はフランスのダラックを参考にして製作したそうで、ガタクリと走ることから「タクリー号」と呼ばれました。(実車画像→ タクリー号)

 

 その後も明治末期から大正にかけて自動車の国産化が試みられましたが、当時の日本の工業技術が未熟であった為、国産化は成功しませんでした。その試みの一つとして1917年(大正6年)に三菱造船神戸造船所でイタリアのフィアット タイプ 3を参考にして三菱 A型が製作されました。三菱 A型は4気筒2.8L(35HP)エンジンを搭載する7人乗りの大型セダンでした。1921年(大正10年)までに約30台が製作され、国産初の量産?乗用車とされています。なお三菱は軍関係の航空機製造を優先したので、民間用の三菱 A型の自動車製造から撤退したとのことです。

 

 

 ミニカーは1976年に発売されたダイヤペット製です。ダイヤペット10周年記念として初期の国産車が3車種モデル化されたのですが、これはその1つで三菱 A型をモデル化しています。一般的なミニカーではなく、ブロンズ仕上げの置物といった感じの物に仕立てあります。ホイール/タイヤも金属製でブロンズ仕上げになっていますが、固定式ではなく回転します。置物的なミニカーですが、一応実車に即してモデル化しているので、実車が大体どんな感じの車だったかはわかります。これ以外の三菱 A型の量産ミニカーは2021年現在でもありません。(ただし三菱自工が1985年頃に販促用に作った特注ミニカー(1/24ぐらいのサイズ)がありました) 以下はフロント/右側面/運転席周りの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

MITSUBISHI TYPE A 1
MITSUBISHI TYPE A 2

 

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DATSUN (NISSAN) TYPE 11 1932 JAPAN

DATSUN (NISSAN) TYPE 11 画像をクリック/タップすると画像が変わります
TOMICA DANDY 36 1/36 78㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約2.7m 全幅約1.18m
エンジン 変速機: 4気筒 747㏄ 12HP 3段変速
性能: 最高速度65km/h
データーベースで初期の国産車のミニカー検索

 

ダットサン (日産) 11型 日本 1932

 

 三菱 A型で記載したように明治時代の自動車国産化は当時の日本の工業技術が未熟であった為成功しませんでした。その後の自動車国産化に影響を与えた会社として白楊(はくよう)社と快進社がありました。白楊社は1912年(大正元年)に創業された会社で、創業者豊川順彌氏が米国に滞在した経験から自動車開発に着手しました。1924年に国産技術で独自設計/製作した小型車オートモ号が完成しました。オートモ号は空冷4気筒943㏄(9HP)エンジンを搭載し3段変速で最高速60㎞/hの小型車でした。4人乗りセダン/フェートン、2人乗りロードスターがあり1928年までに約250台が生産されましたが、採算が取れず会社は解散しました。(実車画像→ オートモ号 1924)

 

 快進社は1911年に創業された日本初の自動車会社でした。1914年(大正3年)にV型2気筒(10HP)エンジンを搭載した小型車 脱兎(ダット)号を開発しました。ダット(DAT)とは同社の田、青山、竹内氏3名のイニシャルの組合せで、早く走るという意味の脱兎という意味もありました。 この会社を現在の日産自動車の前身であった戸畑鋳物株式会社自動車部が買取り小型大衆車として市販したのがダットサンでした。当初はダットの息子ということでダットソン(DATSON)と名付けられましたが、ソンは損に通じることからダットサン(DATSUN)となりました。1931(昭和6年)年にダットサン 10型が10台、1932年にはダットサン 11型(ダットサン 1号車)が150台製作されました。ダットサン 10型は4気筒495cc(10HP)エンジンを搭載し、ダットサン 11型は4気筒747cc(12HP)エンジンを搭載し3段変速機で最高速度65km/hの性能でした。

 

 

 ミニカーは1978年に発売されたトミカ ダンディ製です。ダットサン 11型(ダットサン 1号車)のフェートン(セダンの幌仕様)をモデル化しています。当時の国産ミニカーとしては珍しい本格的なクラシックカーのミニカーでした。実車に忠実にモデル化してあり、ヘッドライト、フロントウィンドー横の腕木式方向指示器、室内などの細部もそこそこ良く仕上げてあります。ただし縮尺が1/36と中途半端で、メタリック塗装のボディカラーが実車のイメージに合わないのが今一つです。これ以外のダットサン 11型のミニカーはトミカの1/49、ダイヤペットの1/30と1/35、ミクロペットの1/35などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

DATSUN (NISSAN) TYPE 11 1
DATSUN (NISSAN) TYPE 11 2

 以下は1976年に発売されたダイヤペット製のダットサン 1号車 1932 (1/30? 型番G45)の画像です。これも前述した三菱 A型と同じダイヤペット10周年記念で作られたもので、これは塗装されていますが、ブロンズ仕上げの物もありました。上記のトミカ ダンディ製に比べるとやや見劣りしますが、これもそこそこ実車に忠実にモデル化してあります。なおカラーリングはトミカ ダンディ製よりそれらしい感じになっていると思います。箱には縮尺1/40と書かれていますが、ミニカーの全長が90㎜ですので1/30ぐらいでモデル化していることになります。なおダイヤペットはこれ以前の1968年にも型番139でダットサン 1号車をモデル化していますが、それはミクロペットのチェリカフェニックス シリーズの型番PHE4の型を使った復刻版でこれとは別物でした。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DATSUN (NISSAN) TYPE 11 3
DATSUN (NISSAN) TYPE 11 4

 

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TOYOTA TYPE AA 1936 JAPAN

TOYOTA TYPE AA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
KYOSHO K03084 1/43 113mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.7m 全幅約1.7m
エンジン 変速機: 6気筒 3389㏄ 65HP 3段変速
性能: 最高速100km/h
データーベースでトヨタ AA型/SA型のミニカー検索

 

トヨタ AA型 日本 1936

 

 1930年代の日本では道路は舗装されておらず、自動車もあまり普及していないなど、自動車産業は欧米に比べて遅れをとっていました。当時の自動車の主たるユーザーはタクシー業者で、使用されていた自動車は日本でノックダウン生産をしていたアメリカのフォードやシボレーがほとんどでした。(当時は日本フォードと日本GMが日本市場を独占していました) 欧米の自動車産業の現状を知った豊田自動織機製作所の豊田喜一郎氏は社内に自動車製作部門(1937年にトヨタ自動車工業として独立した)を新設し、自動車製造に乗り出しました。

 

 自動車製作部門は、当時の米国車を参考にして1935年に試作車A1型を完成させました。これを改良して1936年に発売を開始したのがトヨダ AA型でした。当初の車名はトヨタではなくトヨダでしたが、1937年にトヨタ自動車工業が創立されたことでトヨタに変わりました。トヨタ AA型は6気筒3.4L(65HP)エンジンを搭載する5人乗りセダンで、3段変速で約100km/hの性能でした。ボディは当時最先端の流線型ボディといわれたクライスラー エアフローを真似た斬新なデザインになっていました。戦時中の1943年まで生産され、総生産台数は約1400台でした。

 

 

 ミニカーは1999年に発売された京商製ですが、このボディカラーが黒の物は愛知県のトヨタ自動車博物館にてTAM(TOYOTA AUTOMOBILE MUSEUM)ブランドで発売されたものです。トヨタ自動車博物館に現存する実車を忠実に再現してあり、かなり良い出来ばえです。特にフロントグリル上に付いたマスコット(豊田の文字がデザインされている)や室内の造形などが良く出来ています。これ以外のAA型のミニカーはトミカ、トミカ リミッテド、ダイヤペットの10周年記念品などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像とマスコット/室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

TOYOTA TYPE AA 1
TOYOTA TYPE AA 2

 以下は1975年に発売されたダイヤペットのトヨタ AA型 1936 (1/50 型番G41)の画像です。ダイヤペットの10周年記念品として発売された物で、ダイキャスト製でブロンズ仕上げとなっています。ボディ全体を一体化してブロンズ仕上げとしていますので普通のミニカーとは違いますが、それでもプロポーションはまずまずで、AA型のミニカーとしての出来は悪くないものです。タイヤは回転しますし室内は内装が付いていますので、ブロンズ仕上げの置物的なものではありません。同じ10周年記念品としてダットサン DX セダン 1935 (1/35 型番G42)、三菱 A型 1917 (1/45 型番G43)、ダットサン 1号車 1932 (1/40 型番G45)がありました。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
TOYOTA TYPE AA 3
TOYOTA TYPE AA 4

 

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NISSAN (DATSUN) TYPE 70 1937 JAPAN

NISSAN (DATSUN) TYPE 70 画像をクリック/タップすると画像が変わります
REEN REPLICA 3 1/43 111mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.75m 全幅約1.72m
エンジン 変速機: 6気筒 3670㏄ 85HP 3段変速
性能: 最高速 不詳
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日産 (ダットサン) 70型 日本 1937

 

 1923年(大正12年)9月に関東大震災が起こり、当時の主要な輸送手段であった鉄道が壊滅的な被害を受けました。その為震災の復興では自動車(主にトラック)が活躍しました。この自動車需要の急増に対応したのはアメリカの自動車メーカーでした。その状況で今後も日本での需要が伸びることを予想したアメリカの自動車メーカーは、1925年にフォード日本、1927年に日本GMを設立し日本でライセンス生産を開始しました。(フォードは横浜、GMは大阪に組立工場がありました) 日本の自動車製造はまだ緒に就いたばかりでしたので、自動車の国内市場(トラック/大型車)はこの2社で独占されることになりました。

 

 この状況に対応して、外資系のメーカーを排除し国産自動車を育成する為に1936年に「自動車製造事業法」が制定されました。この法律に後押しされて、日産がアメリカのグラハム ペイジ(Graham-Paige)社と提携し同社の生産設備を導入して製造したのが日産 70型でした。日産 70型は6気筒3.7Lエンジンを搭載する大型車でした。グラハム ペイジの図面で製造したので、外観はグラハム ペイジそのままでした。セダン以外にフェートン(幌付きのオープンカー 主に軍用)があり、約5500台が生産され国産初の量産大型車となりました。(実車画像→ グラハム ペイジ 1936)

 

 

 ミニカーは1976年に発売されたリーンレプリカ製です。リーンレプリカは個人コレクターが起ち上げたブランドで、ホワイトメタル製の1/43で初期の国産車を6車種ほどモデル化していました。個人が製作していたのでコストがかけられず、ウィンドーや室内の造形が省略された簡素な作りになっています。素朴な作りですが、プロポーションが良く実車の雰囲気をうまく再現しています。カラーリングも当時の車らしい感じになっています。日産 70型はこれしかミニカーがないので、初期の日本車のミニカーとして非常に貴重な存在です。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

DATSUN (NISSAN) TYPE 70 1
DATSUN (NISSAN) TYPE 70 2

 

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DATSUN (NISSAN) TYPE 17 1938 JAPAN

DATSUN (NISSAN) TYPE 17 画像をクリック/タップすると画像が変わります
EBBRO 44353 1/43 74㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.13m 全幅約1.19m
エンジン 変速機: 4気筒 722㏄ 16HP 3段変速
性能: 最高速80km/h
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ダットサン (日産) 17型 日本 1938

 

 現在の日産自動車の前身であった戸畑鋳物株式会社自動車部が1932年(昭和7年)に製作したダットサン 11型は、1933年にエンジンが748cc(12HP)に拡大されダットサン 12型になり、1934年にダットサン 13型になりました。1934年(昭和9年)に会社名が日産自動車に改められ、1935年に本格的に量産されたのがダットサン 14型でした。14型は全長2.79mの小型車で4気筒722㏄(15HP)エンジンを搭載していました。ボディは幌付きのオープンカー(フェートン)とセダンがあり、デザインが近代的になりました。縦長のハート型デザインのフロントグリルが特徴で、その上には脱兎(駆けているうさぎ)のマスコットが付いていました。(実車画像→ ダットサン 14型)

 

 その後1936年にダットサン 15型が登場し、1937年にダットサン 16型が登場しました。ダットサン 16型にはセダン、クーペ、フェートン、ロードスターなどがありました。1938年に戦前最後のモデルとなったダットサン 17型が登場しました。15型から17型のエンジンは14型と同じ4気筒722㏄で16HPに少しパワーアップしていました。17型は全長3.13mで少し大きくなりましたが、外観は14型と同じようなデザインでした。1937年には約8000台が生産され、当時の国産小型車の代表でした。なお当時の大型車はほとんどがアメリカのGMやフォードの車をノックダウン生産した車でした。

 

 

 ミニカーは2011年に発売されたエブロ製です。ダットサン 17型のフェートンをモデル化しています。エブロらしいリアルな造形で、実車が良く再現されています。17型の特徴である中央に縦ラインがあるフロントグリルとその上の脱兎のマスコット、灯火類、室内などの細部も良く再現されています。カラーリングもセンスが良いです。エブロはバリエーションでセダン、ロードスター、ピックアップトラックもモデル化しています。これ以外のダットサン 15-17型のミニカーは、リーンレプリカの14型、ダイヤペットのDX セダン (14型)があります。  以下はフロント(マスコット部拡大)/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

DATSUN (NISSAN) TYPE 17 1
DATSUN (NISSAN) TYPE 17 2

 以下は1976年に発売されたリーンレプリカ製の ダットサン (日産) 14型 1935 (1/43 型番1)の画像です。リーンレプリカは個人コレクターが起ち上げたブランドで、ホワイトメタル製の1/43で初期の国産車を6車種ほどモデル化していました。ウィンドーや室内の造形が省略された簡素な作りですが、プロポーションが良く特徴であるハート型デザインのフロントグリルなど実車の雰囲気がうまく再現されています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DATSUN (NISSAN) TYPE 14 1
DATSUN (NISSAN) TYPE 14 2

 以下は1976年に発売されたダイアペット製のダットサン DX セダン (14型) 1935 (1/35 型番G32)の画像です。ダイヤペット10周年記念として初期の国産車が3車種モデル化されたのですが、これはその1つです。一般的なミニカーではなく、ブロンズ仕上げの置物といった感じの物に仕立てあります。縮尺が1/35ですので、全長78㎜で上記のリーンレプリカ製(全長67㎜)より一回り大きなサイズとなっています。リーンレプリカ製と見比べると、こちらの方がボンネット部分が少し長いなどプロポーション的にはいまひとつですが、ダットサン 14型がどのような感じの車だったのかは分かります。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
DATSUN (NISSAN) TYPE 14 3
DATSUN (NISSAN) TYPE 14 4

 

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戦後の日本国産自動車メーカーの動向 1945 JAPAN

 戦後日本の自動車産業はGHQ(連合国最高司令官総司令部)による統制下に置かれました。GHQはまず1945年9月にトラックの生産を許可し、1949年には乗用車の生産制限が解除されました。戦時中からの自動車産業の停滞により、国産メーカーの技術力は欧米メーカーに大きく遅れをとっていました。当時の通産省は自動車産業を保護・育成する政策を打ち出し、国産自動車技術の向上を図る為に「道路運送車両法」(1949年6月)を公布し、「乗用自動車関係提携及び組立契約に関する取扱方針」 (1952年10月)によって外国自動車メーカーとの技術提携の道を開きました。

 その方針に従って国産メーカー各社は優れた技術を吸収するべく、欧州メーカーとの技術提携を始めました。三菱自動車の前身の東日本重工業がアメリカのカイザー フレイザーと、日野自動車はフランスのルノーと、日産自動車はイギリスのオースチンと、いすゞ自動車はイギリスのヒルマンと技術提携を結び、ノックダウン方式による乗用車の生産を始めました。なお国産技術にこだわりを持つトヨタ自動車は欧米メーカーとの技術提携は行わず、独自技術による自動車開発を進めました。こうして1950年代になると、国産自動車メーカーから次々と自動車が発売されるようになりました。
 

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TOYOTA TOYOPET SA 1947 JAPAN

TOYOTA TOYOPET SA 画像をクリック/タップすると画像が変わります
REEN REPLICA 2 1/43 89mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.8m 全幅約1.59m
エンジン 変速機: 4気筒 995cc 27HP 3段変速
性能: 最高速87km/h
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トヨタ トヨペット SA型 日本 1947

 

 終戦後すぐにトヨタ自動車は小型車開発を決定し、1947年には試作車が完成しました。同年にGHQから年間300台に限り乗用車生産が許可されたので、この車はトヨペット SA型として発表されました。なおトヨペット(TOYOPET)はこの時に付けられた愛称でした。 SA型は全輪独立懸架の鋼板バックボーンフレームに鋼板ボディを載せた極めて先進的な構造で、戦前の欧州小型車をお手本にしていました。流線型のボディも欧州的で、ちょっと変わったデザインのグリルが付いていました。新開発した4気筒995cc(27HP)のS型エンジンを搭載し、3段コラムシフトで最高速87km/hの性能でした。

 

 戦後いち早く発売されたSA型は意欲的な車でしたが、少し時代に先んじすぎていました。当時の乗用車はほとんどがタクシーに使われましたが、全輪独立懸架は当時の劣悪な道路で酷使される用途には不向きでしたし、2ドア仕様もタクシーには不向きでした。 そんなわけでSA型は1952年まで約200台ほどしか生産されず、営業的には失敗作でした。ただSA型はその後のトヨタの自動車開発にとって、極めて重要な布石となったと思われます。トヨタ自動車が欧米メーカーと技術提携せず、独自技術に拘ったのもこの車での経験が有ったからだと思われます。

 

 

 ミニカーは1970年代に個人コレクターが起ち上げたブランドのリーンレプリカ製です。リーンレプリカは1/43のホワイトメタル製ミニカーで、初期の国産車を6種ほどモデル化していました。個人が私費を投じて製作していたのでコストがかけられず、ウィンドーや室内の造形は省略されて初期のビンテージミニカーのような素朴な造りです。リーンレプリカはそれまでミニカーになっていなかった車をモデル化しており、このトヨタ SA型もその一台でした。室内の造形がない素朴な作りですが、プロポーションはしっかりしていて実車の雰囲気が良く再現されています。トヨタ博物館や日本自動車博物館にある実車(レプリカ?)と比べると、やや屋根の形状が違うようですが。。。 なお現在でもトヨタ SA型のミニカーはこれしかありませんので、車種的に大変貴重なミニカーです。 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

TOYOTA TOYOPET SA 1
TOYOTA TOYOPET SA 2

 

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TOYOTA TOYOPET CROWN RSD 1955 JAPAN

TOYOTA TOYOPET CROWN RSD 画像をクリック/タップすると画像が変わります
JAPANESE CAR COLLECTION (NOREV) 24 1/43 100㎜

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.29m 全幅約1.68m
エンジン 変速機: 4気筒 1.5L 48HP 3段変速
性能: 最高速100km/h
データーベースでトヨタ クラウン RS型のミニカー検索

 

トヨタ トヨペット クラウン RSD型 日本 1955

 

 前述したトヨタ SA型と同時に発売されたSB型小型トラックは、ラダーフレームに固定車軸の丈夫な構造である程度売れていました。(実車画像→ トヨタ SB型小型トラック) そこでこのSB型シャシーにセダンボディを載せたSD型乗用車が1949年に発売されました。さらにこのSD型の乗り心地などを改良したSF型が1951年に登場しました。(実車画像→ トヨタ SF型) 1953年に新型の4気筒1.5L(48HP)R型エンジンが開発され、このエンジンを搭載したトヨペット スーパー RH型が登場しました。エンジンのパワーアップで最高速は100km/h以上になり、タクシーに多く使われたそうです。(実車画像→ トヨペット スーパー RH型)

 

 このRH型の後継車として1955年に登場したのが、トヨタを代表する国産高級車であるトヨペット クラウン RS型(初代)でした。クラウンは「王冠」の意で、初代から王冠のエンブレムがフロントグリルに付いていました。RS型は新たに開発した前輪独立懸架の乗用車用シャシに、RH型と同じ1.5L(48HP)エンジンを載せ、3段変速で最高速100km/hの性能でした。当時のアメリカ車をお手本にしたボディは、観音開きのドアを採用しているのが最大の特徴でした。なおSA型で失敗した前輪独立懸架は、耐久試験を繰り返して改良され、RS型ではタクシーでも問題が起こりませんでした。この前輪独立懸架に対するトヨタの拘りには、技術者の意地が感じられます。

 

 

 1955年末にRS型の高級仕様RSD型が設定されました。エンジンは55HPにパワーアップされ、外観的にはフロントウィンドーが1枚ガラスとなり、ボンネット先端のマスコット、サイドモールが追加されました。またフォグランプ、真空管式カーラジオ、時計、ヒーターなどが装備されていました。1958年のマイナーチェンジで後期型のRS20型となり、フロントグリルとサイドモールが変更されました。1959年には4気筒1.5L(40HP)ディーゼル エンジンC型が搭載された、国産初のディーゼル乗用車が設定されました。1960年には1.9L(77HP)エンジンを搭載したRS30型が追加されこの車はボディが少し大きくなり、2速AT車の設定もありました。クラウン RS型には当時の国産車として初めての技術がたくさん盛り込まれていました。1962年にクラウン 2代目(S40型)にモデルチェンジしました。

 ミニカーは2006年に発売された国産名車コレクション製でメーカーはノレブです。クラウン RS型の初期型をモデル化しています。プロポーションが良く、灯火類/クロームモール/フェンダーミラーなどの細部もリアルで、かなり良い出来ばえです。雑誌付きミニカーですのでコストの関係で室内は無彩色ですが、コラムシフトレバーが再現されているなどそこそこリアルに作ってあります。クラウン RS型の当時物ミニカーはモデルペットがありますが超レアものです。当時物以外ではエブロのRSD型とRS21型、エブロを流用したトサ コレクション、J-43(アンチモニー製)のRS20/30型、REAL-Xの1/72、トミカ リミッテドの1/64、国産名車コレクションの1/43と 1/24などがあります。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

TOYOTA TOYOPET CROWN RS 1
TOYOTA TOYOPET CROWN RS 2

 以下は2000年に発売されたエブロ製のトヨタ クラウン RSD 1955 (1/43 型番43096)の画像です。高級仕様のRSD型をモデル化しています。エブロらしいそつのない良い出来ばえで、RSD型の特徴である1枚ガラスのフロントウィンドー、ボンネット先端のマスコット、サイドモールがきちんと再現されています。また右側の前後ドアが観音開きに開くギミック付ですが、スムーズな開閉動作ができません。(強引に開くと壊れそうで、やや下手な作りです) ドアを開くとRSD型に装備された時計(ダッシュボード中央に付いた円筒形状の物)が付いたインパネや操作ペダルなど室内も良く再現されています。ただここまでやるなら、フェンダーミラーも付けて欲しかったです。なおこれは左前ドアのドアノブが欠品しています。エブロは後期型のRS21型もモデル化しています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
TOYOTA TOYOPET CROWN RSD 1
TOYOTA TOYOPET CROWN RSD 2

 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
TOYOTA TOYOPET CROWN RSD 3
TOYOTA TOYOPET CROWN RSD 4

 以下は1980年に発売されたカドー製のトヨタ クラウン RS 1955 (1/43 型番14)の画像です。カドーは卸問屋「可堂玩具」が1980年にマニア向けに興したブランドで、ホワイトメタル製でずっしりと重いです。フロントウインドーが2分割されている初期型をモデル化しており、ワイパーやドアハンドルは別部品でユーザーが取り付けるようになっていました。当時としても古くさい作風でしたが、プロポーションは悪くなく、この作風が実車の雰囲気をうまく醸し出しています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
TOYOTA TOYOPET CROWN RS 3
TOYOTA TOYOPET CROWN RS 4

 以下は2001年に発売されたトサ コレクション製のトヨタ クラウン RS STD 1955 (1/43 型番213)の画像です。トサ コレクションは既存ミニカーの特注品を企画していたブランドでした。これは上記のエブロ製のの特注品で、RSD型のエブロをスタンダード仕様に変更しています。したがって基本的な部分はエブロ製と同じですが、RSD型のフロントウィンドーやモールをスタンダード仕様に変更し、室内もダッシュボード上の時計が外されて取付穴だけが残っています。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
TOYOTA TOYOPET CROWN RS20 1
TOYOTA TOYOPET CROWN RS20 2

 以下は2022年に発売された国産名車プレミアムコレクション製のトヨタ クラウン (RS31D) 1961 (1/43 No.15)の画像です。1961年に登場した1.9Lエンジンを搭載した1900 デラックスをモデル化しています。1960年のマイナーチェンジで車体が全長4.7mX全幅1.68mに大型化されたので、このミニカーも上述したRSD型より少しだけ大きく(全長102㎜)なっています。また同時にフロント/リアの意匠も変更されたので、その変更点もきちんと反映されています。この変更されたフロントグリル/リアの造形など細部がリアルに再現されていてとても良く出来ています。また室内もよく再現されています。(実車画像→ トヨタ クラウン RS31D 1960) (画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
TOYOTA TOYOPET CROWN RS31D 1
TOYOTA TOYOPET CROWN RS31D 2

 以下はフロント/リアの拡大画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
TOYOTA TOYOPET CROWN RS31D 3
TOYOTA TOYOPET CROWN RS31D 4
 

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DATSUN (NISSAN) 112 1956 JAPAN

DATSUN (NISSAN) 112 画像をクリック/タップすると画像が変わります
EBBRO 44217 1/43 92mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約3.86m 全幅約1.47m
エンジン 変速機: 4気筒 860cc 25HP 4段自動変速
性能: 最高速85km/h
データーベースでダットサンのミニカー検索

 

日産 ダットサン 112型 日本 1956

 

 日産自動車は1952年にイギリスのオースチン社と技術提携を結び、当時最先端であったA40 サマーセットのノックダウン生産を始めました。(実車画像→ オースチン A40 サマーセット) 1953年に第1号車が完成し、当初はタイヤ、バッテリー、ドアのガラスが国産品でした。国産部品は次第に増やされ、1955年の日産 A50 ケンブリッジでは最終的に全部品が国産となりました。(実車画像→ 日産 A50 ケンブリッジ) 1959年に自社開発したセドリックが登場し、役目を終えたA50は1960年に生産終了となりました。

 

 このノックダウン生産で培った技術を生かして、小型車のダットサン 110型が自社開発され1955年に発売されました。(ダットサンは日産自動車の小型車のブランド名でした) 110型は前後固定車軸のラダーフレームに、鋼板をプレスした車体を載せた構造でした。全長3.86mX全幅1.47m(現在の軽自動車より少し大きい)のボディに、サイドバルブ方式4気筒860cc(25HP)エンジンを搭載し、4段変速で最高速85km/hの性能でした。110型はシンプルで耐久性に優れており、小型タクシー用として人気を呼ぶなど日産の小型乗用車の基礎を固めました。フロントグリル変更やコラムシフト化などで改良され112、113、114、115型と発展し、1957年には210型にモデルチェンジしました。

 

 

 ミニカーはエブロ製で2009年に発売されました。日産自動車が保有しているレプリカを忠実にモデル化しているようで、フェンダーの上に付いている小さな赤いウインカー、フロントグリル、室内など細かい所までよく再現されています。国産車の歴史上重要な車をエブロがモデル化してくれたのはうれしいのですが、ウエストラインより上のキャビン部分の高さがやや足りない感じがして、プロポーション的にはいまひとつの感じがします。ダットサン 112型のミニカーは現在(2020年)でもこれしかないようです。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)

DATSUN (NISSAN) 112 1
DATSUN (NISSAN) 112 2

 

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ISUZU HILLMAN MINX 1956 JAPAN

ISUZU HILLMAN MINX 画像をクリック/タップすると画像が変わります
VANGUARDS VA06800 1/43 95mm

実車諸元 画像参照
外形寸法: 全長約4.08m 全幅約1.56m
エンジン 変速機: 4気筒 1.4L 46HP 3段変速
性能: 最高速125km/h
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イスズ ヒルマン ミンクス 日本 1956

 

 日本の自動車メーカーとして最も古い歴史を持つのがいすゞ自動車で、昭和初期から大型車とそのディーゼルエンジンの製造を行っていました。戦後もトラック/バスなど大型ディーゼル車両の生産では日本の主力メーカーでした。なお「いすゞ」という表記がが正式ですが 当HPでは以下「イスズ」の表記で統一しています。

 

 イスズは欧米の最新技術を導入して乗用車生産に進出するために、イギリスのルーツグループと技術提携し、1953年にルーツグループのヒルマン ミンクスのノックダウン生産を始めました。(実車画像→ ヒルマン ミンクス 1953) 初代のイスズ ヒルマン ミンクス PH10型は4気筒1.3L(38HP)を搭載する4ドアセダンの小型車で、4段変速、最高速度110km/hの性能でした。当時このような乗用車が購入できたのは、ごく一部の富裕層だけでした。 1956年には2代目のPH100型に切り替わり、技術の習得が進むにつれ部品の国産化と細かい仕様変更が進み、1957年には国産化が完了しました。その後もエンジン排気量の1.5Lへの拡大などマイナーチェンジが続けられ、1964年まで生産されました。

 

 

 イスズ ヒルマン ミンクスの当時物のミニカーはモデルペットとミクロペットがありますが、大変貴重なレア物で実物を見たことがありません。ここに掲載したミニカーは2004年に発売されたイギリスのバンガーズ製で、本家ルーツグループのヒルマン ミンクス 1958年です。イスズのミンクス PH100型とはフロントグリルなど外観が多少異なりますが、基本的なスタイルはほとんど同じです。最近のミニカーではトミカ リミッテドが1956年式と1963年式をモデル化しています。 以下はフロント/リアの拡大画像と室内の画像です。(画像のマウスオーバー又はタップで画像が変化します)
 

ISUZU HILLMAN MINX 1
ISUZU HILLMAN MINX 2

 

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